なんやかんやで、沖縄。

2年の海外駐在を経て帰沖。沖縄生活7年目。ゆるりと日常を綴っていきます。

キキのこと。

ジジぃの目覚めは早い。

先月末に、大台に突入。
めでたく!?40代にのったこともあり、
朝、目が覚めるのが早いこと早いこと。
ニワトリ級。

これは、お天道様が出ている時間帯に
活動するという、『人間らしい』生活に
体内時計が戻りつつあることだと、
プラスに捉え、真っ向から、
自らの老いに勇敢に立ち向かっている。

と、まぁ、大袈裟な表現をしたが、
ありがたいことに、相談や引き合いが増加し、
朝イチから夜まで動きっぱなしだ。

それに連動する形で、
「脱サラして、今、どういう生活スタイルなの?」
「毎日どんな感じで動いてるの?」
的な質問をよくいただくように。


ーーーーーーーー
曜日を全く意識しなくなった。
土日祝、平日の区別なく動いている。

ストレスは全くない。

必ずこの時間にオフィスに出勤しない
といけないという縛りがないだけで違う。
(会社員時代も外に出てばかりだったが)

沖縄も、2年前より格段にWI-FIが使える場所が増えた。
海外駐在の2年間で、すっかり
「どこでも、WI-FIが使える環境に慣れきったカラダ」
になってしまったが、必死になって、
WI-FIが拾える場所を探さねば!
という事態は、ここ沖縄でも回避できつつある。

茶店やチェーン店系のカフェは少ないが、
個人で営まれている小洒落たカフェが
山ほどあるので、便利。
台湾系のタピオカミルティーショップの
進出など、日に日に、
外で仕事がしやすくなっている。

今日も、PCを引っ提げ、アイスラテを片手に、
カタカタとカタカタと。


ーーーーーーーー
仕事先、どんな方たちとご一緒するかを
自分で選択できるというのも、
独立して良かったと思えるポイントだ。

プロとして最大限やることは当たり前として、
対等な立場で、議論ができる方たちと、
個人情報以外のほぼすべての情報を
開示してもらうことを前提に、
案件をお引き受けしている。

経営計画、事業計画、PL/BSは
もちろんのこと、
例えば、商品の原価率、人事システム、
キッチンの奥のつくりに至るまで。
NDA等はしっかりと締結。

さまざまな業界を、中の中まで、
垣間見られるので、何より面白い、
そして、勉強になる。

うん、
『目指せ、クライアント社員より社員っぽい自分』
というところであろうか。


ーーーーーーーー
とある1日のタイムスケジュール。

5:00 
(ニワトリより早く)
起床

6:00
WEBメディアA 
原稿執筆

7:00
クライアントA 
SNSの更新/コメントバック

7:30
メッセ、メールなどを捌きつつ、
着替えて、自宅出発

8:00 
お客様A
朝食アレンジ/同席

9:30
お客様B
朝食アレンジ/同席
那覇市内観光ガイド

11:30
お客様C
ランチアレンジ/同席

13:00
メディア取材対応

14:00
クライアントB 広報定例MTG

15:30
大学A 打ち合わせ

16:30
旅行会社A 打ち合わせ

17:30
クライアントC
SNS更新/コメントバック

18:00
広告会社A 打ち合わせ

19:00
デザイナー打ち合わせ

20:00
ディナーアレンジ
会食同席

26:00
ムービー撮影立ち合い

ふむ、我ながら、わりとちゃんと働いている。


ーーーーーーーー
全く外出しない日もある。

社員を抱えているわけではなく、
ひとりで出来る範囲で、
あとは、パートナーの皆さんに
サポートしていただきながら、なので、
効率よく、定例会やMTGは、
なるべく同じ日に開催出来るようにまとめている。

外出しない=「籠り日」には、

①プランニング系
 沖縄ツアー/海外アテンドの企画
 広報、販促企画のプランニングなど

②手配系
 ダイビング、シュノーケルなどの手配
 レンタカーアレンジ、ホテル手配など

③折衝系
 海外現地ツアー会社との折衝と交渉を
 スカイプなどで

④作業系
 各種企画書作成など

⑤進行管理系
 原稿、素材のやりとり、入稿作業
 ワイヤーフレーム、デザイン確認など

⑥執筆系
 2,000文字程度なら、
 1本30分~1時間程度で書き上げる

などを行っている。

この合間合間で、見積書/請求書作成、
帳簿更新の事務作業、会社グッズを作るなど、
自身の会社のタスクをこなしている。

これに月1本~2本ペースで、
海外もしくは、日本国内出張が入る
みたいな感じだ。


ーーーーーーーー
移動手段は、自転車、と決めている。

海外駐在期間中、部屋の掃除はおろか、
炊事洗濯、足の爪まで人に切ってもらう
王様のような生活をしていたので、
これ以上のカラダの鈍りを、
老化を止めるべく、
日々、ペダルを漕ぎまくっている。

おかげさまで、いい感じに、肌色も、
チャバネゴキブリ先生に近づいてきた。

自転車と決めている、
もうひとつの理由としては、
『脳内ジブリ妄想』がやめられないからだ。

チャリンコで、那覇市内を走っていると、
必ず、誰かしら知人友人と道端で遭遇する。

主人公のキキが親元を離れ、知らない街で
魔女として一人立ちしていく姿を描く、
宮崎アニメの名作「魔女の宅急便」。

キキが、新しい街に慣れ、
ホウキに乗りながら街中を飛び回り、
遭遇する知人友人たちに笑顔で手を振る、
そんな印象的なワンシーンがある。

そう、このイメージを
勝手に頭の中に描いている、
自身のチャリンコ姿に、重ねまくっている。

ただ、愛車に跨る、私の姿を見て、
だいたいの知人友人たちは、爆笑している。
彼らの目に映っているのは、きっと、
あの愛らしい『キキ』ではないのであろう。

さて、今日も、
ユーミンの「やさしさに包まれたなら
を脳内にリフレインさせつつ、
(颯爽と)
那覇の街を駆け抜けてくるとしよう。

 

f:id:okinawaseikatsu:20180613193145j:image

風神雷神のこと。

空梅雨。

2010年に来沖して以来、
幸いにも、節水制限を食らったことはないが、
このままでいくと、そうなってもおかしくない
というくらい。連日晴天が続く、沖縄。

4月末の開業から1カ月。
“新たな船出” という意味を持つ
帆船エチケットをまとった
小洒落た開業祝いまでいただきつつ、
毎日それなりに忙しくしている。

会社ロゴ、材質、型押しの仕方等、
デザイナーと、あーだこーだと言いながら
制作を進めていた名刺もようやく刷り終わり、
夏に向けて、イッチョやったるかモード。

ポツポツと海外からの引き合いも入り始め、
先日は弾丸で台北、来月は、古巣の越南を含め、
東南アジア3か国を行脚予定だ。

(我が愛しのバインミーちゃん、待っててね)。


ーーーーーーーー
『年齢と共に丸くなる』
とは、よく言ったもので、カラダが・・・ではなく、
20代や30代前半のように、
怒り狂うことが少なくなった(気がする)今日この頃。

20代を過ごした東京時代は、
「うぉ、貴様ら勝手なことばっかり言ってんじゃねぇ」
の連続。

発狂しそうになる、5秒前くらいに、
南国、主に、グアム・サイパンへ向けて、
多い年は、月1回のペースで逃亡していた。

当時は、金曜日の22時前後に
成田空港から複数の直行便が飛んでいて、
定時ダッシュで、成田空港へ。
ラウンジで着替えて、手ぶらで、3時間強ひとっとび、
なんてことをやっていた。
今やなき、ノースウエスト航空
コンチネンタル航空が懐かしい。

ダイビング器材は、
グアム・サイパンにそれぞれ置きっぱなし。
土曜日の早朝に現地到着。
仮眠をとって、朝からワンダイブ。
ランチを挟んで、もうワンダイブ。

現地イントラ仲間と、夜の大宴会で盛り上がり、
日曜日は、早朝ダイブ。
午後からは、のんびりとサンデーブランチをとって、
日曜日の深夜便で現地発。
月曜の朝6時前後に、成田着。
空港でシャワー&着替えて、そのまま出勤!
なんて生活。うん、元気だった。

その成田~サイパンを結ぶ、デルタ航空の直行便も
去る5月6日で運休となったそうで、寂しいものである。

 

ーーーーーーーー
そんなペースで、グアム・サイパンに飛んでいた頃、
人生初のオーバーブッキングを経験したことがあった。

当時、同じ広告会社に勤めていた、
同期1名、先輩1名、計3名での弾丸ダイビングツアー。
全員、働きアリ真っ只中の世代。
「休み?有給?」そんな単語ありましたっけ?

楽しい時間は、あっという間。
順調に現地でのスケジュールをこなし、
「あぁー、戻ったらすぐにプレ作業だ」
「撮影で、また家帰れない」
などなど、互いに、ため息をつきながら、空港へ。

いざ、チェックインカウンターに入ると、
「オーバーブッキングだから、今日は乗れない」
「100$のバウチャーあげる、明日の便に振り替えて」
と、当たり前のようにグランドスタッフから告げられ

私「は?」
同期「え?」

同期1名とほぼ同時。
2人の導火線に火が付き、

私「絶対にこの便に乗らないといけない」
同期「仕事や仕事。戻ってすぐ仕事や、困る」

それでも、話を聞かず、
他の乗客を案内しようとするグランドスタッフに

「コックピットでも良いから乗せて」
「立ち席で良いから乗せて」
「CAの席で良いから乗せて」
「100$バウチャーで済まそうなんてありえない」
「明日の仕事、アカウント10億円。補償できる?」
「10年間乗り放題のチケット出してくれた考える」

などなど、ゴネにゴネにゴネにゴネて
結果、無事、予定通り帰国し、出勤。

グランドスタッフを挟んで、右側に私。左側に同期。
その様子を一通り見ていた先輩が帰国後に、一言。

「君たち、風神と雷神か」

風神「貴様、誰のおかげで帰って来れたと思ってんだ」
雷神「おまえ、何もしてへんやんけ、黙っとけ」

と、また点火する、ほど
まだまだホットな時代であった。


ーーーーーーーー
開業・独立してからというもの、
マイペースで、選んで案件をこなしていることもあり、
「あの頃は、青かったなー」
「もしやこのまま『仏~ホトケ~』になってしまうのでは?」
なんて、感慨深く、昔を振り返っていた。

が、ご安心あれ、そうは問屋が卸さなかった。


風神再来。

現在、私が、サポートしている某企業。
この業界では、県内有数の会社ということもあり、
まぁ、来るわ来るわ、日々、クソ営業の山。
それをさばくだけで、不毛な時間を費やしてしまう。

私は、いわゆる、
企業が運営しているグルメサイト
と言われる類のものは、ほとんど見ない。
そこにいる、営業がものすごーーーく、嫌いだから。

全員と会ったことはないし、
ちゃんと想いをもってやっている方もいらっしゃる、
スーパー優秀な営業マンもいる、それはわかる。
でも、嫌い。はい、もう一度。ものすごく嫌い。

各市町村で、食品営業許可を受けた施設の情報が、
月ごとに集計され、WEBで公開されている。
彼らは、この食品営業許可施設情報、
新規営業許可施設一覧を見て、
オープン間もない、最も多忙な時期に
「まいどまいど、集客できまっせ、儲かりまっせ」
と、ハイエナのようにやってくる。

その手口は、こうだ。

店名・住所・営業時間等の基礎情報を
勝手に自社サイトに掲載。
それをフックに、アップセールスに。

クソ営業
「アップグレードしまへんか?」
「店舗のホームページ作る必要ありまへん」
「あんなことこんなこともできるようになりまっせ」

(・・・)


クソ営業
「基礎情報は無料掲載でっせ、サービスでっせ!」

(いやいや、待て待て)
(今、使っているその店舗と料理の写真は一体なに)

(その汚い写真、どっから拾ってきたの?)
(そもそも誰の許可を得て掲載してるの?)
(こんな写真掲載して、店のイメージ悪くなると思わないの?)
(個人ブログならまだしも、企業として相手先に何の確認もなしに、
 ゴミ写真を掲載し、それをフックに意気揚々と
 セールスに来るスタイルってなんなの)
(本気で集客の役にたとうと思ってるから、
 相手先のブランドや思いを傷つけるようなことはしないのだよ)
(こっちは、みんな、写真一枚一枚に、こだわって、
 毎日試行錯誤しているのに、よくそんなこと簡単にできるね)
(バカなの)


クソ営業
「のぼりもサービスでご用意しまっせ!」

(い・ら・な・い)
(こんな、だっせーのぼりなんか置いたら、
 店のイメージと世界観が崩れるだろうが)
(バカなの)


クソ営業
「店舗売上げ・企業利益アップに寄与しまっせ」
「うちだけの限定価格、ちょいと下げてくれまへんか」
「うちだけのクーポン付けてくれまへんか」

(言ってること矛盾してるんだけども)
(商品の価値をどう上げて、
 ユーザに見せるのかを考えるのが、君たちの仕事なのだよ)
(値下げさせて、さらに利益圧迫してどうするの)
(バカなの)


(こんなことを易々と行う企業は信用できない)
(滅びてしまえ)


と、声には出さず、笑顔でお断り。

うん、ちょっとは、年齢と共に丸くなったのかな。

 

もうひとつ。雷神になった
“POS事変(バカなの)” があるのだが、これまた別の機会に。

f:id:okinawaseikatsu:20180525235326j:image

 

チカラのこと。

裏腹。

梅雨入り宣言した翌日から、
晴天が続いている沖縄。

ゴールデンウィークの来客ラッシュもひと段落し、
毎日そこそこ忙しくも、時間に縛られることなく、
マイペースで動いている。


開業して、はや2週間。

頭の片隅にはありつつも、
具体的にどうやって進めるかな~と、
悩んでいた、自社サイト制作。

独立以来、
「まずは、なんでも自分でやってみる、
 ダメだったら、プロ・パートナーに頼もう」
という、スタンスでいるのだが、
ついつい、この件は、後回しに。

学生時代の夏休みの宿題と同じで、
得意な科目は、機嫌よくサッサと片付けてしまうが、
苦手なものが最後まで残ってしまう的な。

人間、自分が得意な分野は、
「あっ、こうしよ」
と、すぐにゴールや、達成するまでの具体的な道筋が見え、
意気揚々と着手できるのだが、そうでないものは、
「わかってますよ~、わかってますよ~、
 君がいるのはわかってますよ~、
 別に、忘れたわけじゃないですからね」
と、自分に、あるいは、周囲にアピールしつつ、
ズルズルと、後ろ倒しにしてしまう。

もっと言えば、
「神様、このまま、このタスクはなかったことに」
「祈・自然消滅」
なんて思ったりしてしまう生き物なのである。
今回のわたしも然り。

そんな中、某大手通信会社を退職し、一足先に開業していた、
のんべえ後輩夫婦(正しくは、のんべえは旦那の方だけ)に、
「ぱいせん、うち、サイト出来ましたよ」
と、ケツを叩かれ、ん、いや、触発され、
ようやく、せこせこと、PCのキーボードを叩きだした。

裏腹なもので、いざ、やり始めると、面白くなっていき、
荒削りではあるが、2日間で、何とかそれなりの形に。
無事、自力でのリリースとなった。

 

わたしは、「コンサルティング」という言葉が嫌いだ。
なので、自社のサイトには、このワードは一文字も使わなかった。

約16年間、会社員生活を送る中で、
たくさんの「コンサル」と言われている、
もしくは、自身でそう名乗る方々にお逢いしてきた。

もちろん、その大半の方には、
ものすごーーーくお世話になり、
今でも、公私ともに仲良くしていただいているが、
それでもなお、「コンサル」という響きが好きになれない。

あくまでも、個人的な印象なのだが、
‟自ら”、仰々しく「コンサル」と名乗っている方に限って、
なんだか、輪郭のハッキリしない、オバケみたいな感じ。

言ってることが、フワッとしていて、具体性がない。
うん、この上なく、胡散臭い。

中規模都市になればなるほど、
この手の胡散臭い方たちが、どこからともなく湧いてきて、
気の弱そうな若者もしくは、主婦を前にし、
「儲かる仕組み」「絶対にキレイになる」「集客力アップ」
などなど、気持ち悪いフレーズをギラギラと並べ、
ご丁寧にも、周囲に丸聞こえのボリュームで、
マンセーなご講和を開催されている。

主に、チェーン系のカフェ、ファミレスなどに生息。
ドリンクバーで、何時間も粘られている。
(あのー、コーヒーカップ、乾いてますよ)。

振り返ってみれば、今から3年前にも同じようなことを書いていた。
「ウォーキングスメラー」。
我ながら酷いネーミング(笑)。
3年経っても、まだまだ沖縄に大量に発生中だ。


「コンサル」という言葉が嫌いなのは、
評論家・批評家に近いと感じているからだ。

ある課題に対し、理想論は語る。
が、驚くほどに、モワッと、ボヤッとしている。

ただ、この手の方々、ある意味、
一定層のファンを集めるのには長けており、
口が上手いので、それでも「信者」は、
わかったような気になってしまう。


「理想はわかった。たしかに素晴らしい。で?」

課題解決や目標達成に向けて、
自分も一緒に動く、汗を流すということをしない。

上がってきたものに対して、
あーだ、こーだと、批評だけを繰り返す。
具体的どのように実現していくのかが全くない。
結果にコミットしない。

やはり、自称「コンサル」に丸投げではなく、
相談主自身が、結局は、自分の頭をひねって考えなくては。

何事も、自分で『やる切るチカラ』を磨くのが大切だなと結論づけ、
今も、聞き耳を立てながら、わたしの後ろに位置する
「ウォーキングスメラー」の大演説を聞いている。

思わず、「マンセー!」と声が出そうに。
あぶないあぶない。

 

ヒトって、裏腹。

 

f:id:okinawaseikatsu:20180511155050j:image

 

 

 

開拓のこと。

2年のブランクは大きい。

来たる夏の来客ピーク時に備え、
せっせと新店開拓に励んでいる。

ここは沖縄。
恐ろしい勢いで、どんどんと新店舗がお目見えするので
計画的にペースを上げていかないと、
とてもじゃないが追いつかない。

不在にしていた2年間を取り戻すかのように、
日々、チャリンコを漕ぎまくっている。


ーーーーーーーー
来沖する知人友人、仕事関係の方など、
ご本人から「またあそこに行きたい」とのリクエストが入らない限り、
同じ方を同じお店にはお連れしない、
そんな個人ルールを定めている。
誰をいつどこにご案内したかの管理リストも存在。

理由は色々とあるのだが、東京にいがちな、
「俺っち、毎年沖縄行ってるし(てへぺろ)」
野郎の鼻をへし折りたい、というのが、
日本一性格の悪い県民(いや、府民)である、
都人的な表現としては近いだろうか。

1泊や2泊、沖縄に来ただけで、
年に1回訪れているだけで、
沖縄をさも分かった風に振舞われるのは、ちと、ね。
「黙って、在住者に従いなさい(ハズレはないから)」
と、いつも心の中で思っている。

そんなこともあり、新規開拓というのは、
私の中では、とても重要なタスク。
自分の足と金を使って、自分の目と鼻と舌で、
ちゃんと体験したものでないとおススメ出来ない、
との勝手な拘りから、愛車で走り回る事態に。

「毎日美味いもの食ってるな」
なんて声もチラホラと聞こえてくるが、
そんな生易しいものではなく、割とこれ、修行に近い作業。
もちろん、アタリハズレも。
真昼間から、不発弾を発見することだって稀にある。


ーーーーーーーー
昼から回って、1日10〜15軒。
夕方スタートなら、5〜8軒。
このレベルで巡回しているので、
必然的に、一軒あたり、そんなに長居が出来ない。

このペースで新規開拓を進めるがゆえに、
私の中で、「このお店リスト入り」となる共通点、
というか、傾向のようなものが自然と出来上がっている。


①トイレが綺麗
②お通しが美味い
③割り箸じゃない
④カウンター席があり、1人のお客さんがいる
⑤布おしぼり、そしていい匂い


①トイレ、②お通しあたりは、一般的にも言われいることだが、
この5点セットが揃ったら、否が応でも、期待値が膨らんでしまう。

ワンドリンク+料理1〜2品くらいのタームでハシゴするのだが、
この5点セットをおさえられてしまうと、
「絶対ここ、うめぇぞ」
と、心が踊ってしまい、
ついついオーダーする品数が増えてしまう。

もちろん、お通しを提供しないお店もあるし、
料理の邪魔をするので、あえて匂いのするおしぼり
を出さないところもある。
全てのお店がこれに当てはまるとは言えないが、
私の中では、なんとなくこの傾向、なのである。


ーーーーーーーー
私は「石鹸の香りがする、布おしぼりが最強説」の信者だ。

若かりし頃は、全く気にしていなかったが、
歳を重ねてくると、不思議と
紙おしぼりより、布おしぼりを好むようになる。

しがないサラリーマン親父のあるある行動代表格。
おしぼりで顔をふく、通称「顔面ゴシゴシじじぃ」。

その行動心理がよくわからなかったが、
知らず知らずにうちに、今や、
「顔面ゴシゴシじじぃ」の仲間入りをしている。
むしろ、その代表選手になっているといっても過言ではない。

おしぼりで顔を拭いた瞬間、
アラフォーじじぃの顔面から、女子高みたいな匂いがする、
「顔面ゴシゴシじじぃ」から「瞬間顔面女子高じじぃ」
に変貌する、ひとときがたまらない。

出てきたおしぼりから、
ふんわりと石鹸のいい香りがしたときの、あの幸福感。
おわかりいただけるだろうか。

それに対し、稀に、生ゴミのような異臭を放つ ‟ブツ”
が、威風堂々と登場する場面に遭遇することがある。
これぞ、まさに、真昼間から掘り当ててしまう不発弾である。


ーーーーーーーー
余談にはなるが、
私が駐在していた、東南アジア某国では、
紙のおしぼりがデフォルト。
日本と同じように、席に着くと、
お箸などと一緒に提供されるが、
実はこれ、すべて有料(1枚5円〜10円程度)。

ごくまれに、日系の居酒屋等で、
布のおしぼりが出でくると、
「どっひゃー、ラッキー!」と、
顔面をゴシゴシしながら、
ひとりテンションを上げたものである。

先日、中国地方視察行脚の旅をしている際、
島根県松江市でお世話になったホテルが、
外出先から戻るたびに「お帰りなさいませ」
と、フロントで、おしぼりを渡してくた。
しかも、冷 or 温の選択肢付き。

「顔面ゴシゴシじじぃ」にとっては、
この上ないサービスであった。


ーーーーーーーー
ゴールデンウィークが明けると、
沖縄は、梅雨入り向けてのカウントダウン。
例年、6月末には明け、
本格的な ‟沖縄シーズン” に突入する。

『石鹸の匂いのする、冷たーーーい、おしぼり』
まさに、‟ヤツ” が躍動する、旬の季節の到来である。

もし、あなたが沖縄を訪れた際、
隣の席で、顔面から女子高の匂いを放つ、
怪しげなじじぃがいても、
声を掛けずに、そっとしておいてあげてほしい。

切にそう願い、今日も、ニシヘヒガシへ、
チャリンコを走らせるのである。

 

f:id:okinawaseikatsu:20180505165052j:image

 

天職のこと。

2年ぶりに、沖縄へ戻った。

仕事の都合で、沖縄を離れ、東南アジア某国へ。
いわゆる「駐在」と呼ばれる生活を送り、
現地のスタッフと、毎日戦争のような日々を過ごしてきた。

洪水のようなバイクの群れ。
あちこちから鳴り響く工事音。
肌に纏わりつく生あたたかい風。

国の平均年齢28歳、人口1億人突破間近。
経済発展真っ只中。
毎日、いや、毎時間のように街の表情が変わり、
喧噪と熱気、もっともっと暮らしを良くしたいという
人々の欲望が滲み出す、そんな場所だった。

「石の上にも3年」
とは言わず、少なくとも、5年は。

異国で何かを成し遂げるには、そのくらいの覚悟で
という腹づもりだったが、
ミッションの達成状況、各所との兼ね合いもあり、
丸2年の駐在生活で、日本帰任となった。


ーーーーーーーー
今年で、大台にのることもあり、
「んん、これが人生のターニングポイントというやつか」
「いやいや今まで何度なくこんなシーンあったじゃん」
と、アラフォー特有のわけのわからない自問自答をしつつ、
日本へ戻るのか、このまま異国の地に残るのか
という2択を迫られていた。

ただし、「日本帰任=東京勤務」
という選択肢は、はじめから除外。

新卒から約10年間、
濃い濃い、広告代理店マン時代を過ごした場所もあり、
今もたくさんの知人友人が暮らしているが、
2010年に沖縄に移ると決めて以来、
私自身、東京という街での生活に、
1ミリ足りとも魅力を感じなくなっていた。
もう東京には住めない。


「自分でやってみるか」
と決めたのは、日本帰国の2週間前。

今までも、独立・起業等の妄想をすることがあったが、
あくまでも、‟漠然”、‟なんとなく” レベル止まり。

最終的には、「特にこれといってやりたいことがないな」
なんて思っていたのだが、
一度、自分でやるぞ!と決心すると、面白いもので、
「あれもやりたい、これもやりたい、それも興味がある」
と、沸々と色んな野望が湧き出てくる。

税務署に開業届を提出する際、意気揚々と、
7つの事業ドメイン、それぞれ7枚の申請書類を引っ提げていき、
「あっ、これ納税地全部同じですね、なら、1枚で結構です」
と、冷静にあしらわれる始末。

海外駐在時代にお世話になった方々とも
また別の形でご一緒できればという想いもあり、
最終的には、アジアに近い、ここ沖縄を選んだ。

この規模の地方都市で、
これだけ全国各地の出身者が集っている街はないのではないか、
というのもその理由だ。


ーーーーーーーー
3月末に、東京本社へ帰任し、むかえた最終日。
なんとも粋な計らいをしてもらい、
前職での最後の出張が、東京→沖縄。

事業所立ち上げを経験させてもらった
沖縄オフィスメンバーへの挨拶の機会を経て、
会社員生活、最後の日を終えた。


そして、4月から再び、那覇市市民に。

うん、やっぱり、居心地が良い。

海外駐在時代も、1年に1度は戻ってきていたが、
それでも、やはり、変化はあるもので、
例えば、タクシーの初乗り運賃が値上がりしてるとか
橋がようやく開通してるとか
ネパール人の労働者増えたなとか。

人口1万人に占める飲食店数が全国1位だけあって、
こんな店ができている
あそこ潰れちゃったんだ、は、もちろんのこと。

このあたりの沖縄の変化も、
ちょこちょこと、またここで綴っていきたい。


ーーーーーーーー
ありがたいことに、日本に戻ってから
ポツポツとお声掛けをいただき、

第一弾:大阪→和歌山→長崎→福岡
第二弾:広島→島根→鳥取→岡山→広島

と、2年ぶりの日本を、地方を巡ってきた。
日本の地方都市は、魅力的だ。
新たな発見、今後の ‟種” もできた。

広島では、三原市尾道市広島市呉市の4都市、
岡山では、岡山市倉敷市の2都市にお世話になった。
海外駐在時代に、訪ねてきてくださった方々への、‟お礼参り”
(ぶん殴りにいったわけではなく)もこれで果たせた。


開業後、数社と業務委託契約を締結。

しばらくは、飢え死しなくてもすみそうだなと感じつつ、
まだまだ手探りながらも、気心の知れた方たちと、
自分の好きなペースで、自分の好きな場所で、
毎日ワクワクしながら動いている。

仕事なのだけど、良くも悪くも、そんな感覚ではなく。
これが、あの、伝説の、幻の「天職」という感覚なのか(笑)。

沖縄は、開業率全国1位。
そして、また廃業率も、日本トップクラス。
はてさて、どうなることやら。

 

ともあれ、

ただいま、沖縄。

 

f:id:okinawaseikatsu:20180502235008j:image

星のこと。

にーふぇーでぇーびる。

6年間お世話になった沖縄県を離れることになった。

本日最終日。
異動準備等で、年明けからバタバタとし、
この土地を発つという実感を持てないまま、
今日この日を迎えた。

国内空港で最も利用させていただいたであろう
那覇空港で、今、綴っている。

あっという間の6年間。
中学生が高校を卒業するくらいの期間でもありつつ、
歳を重ねれば重ねるほど、
年月の流れを早く感じるのはホントだなと。

30代の半分以上を沖縄で過ごし、
本当にたくさんの皆さんと一緒に笑い、
泣き、怒り、時に怒られ、
胃袋を、そして、心を支えていただいた。
またひとつ帰って来られる場所が出来た、
そんな気がしている。

「沖縄行くから、飯食おうよ」
物理的な距離は離れても、
むしろ東京にいた頃よりも逢っているのでは?
というくらい、仕事に旅行に、
のべ2,000名以上の方々にもお越しいただいた。
沖縄という土地のおかげか、
東京時代とは違った一面が垣間見られ、
より近く、深く、皆さんとご一緒出来た。

異動に向けて動き出した頃、
那覇栄町の飲み屋でたまたま隣になった、
地元のオジィに言われた、
こんな言葉が印象に残っている。

「同じ “地球人” だからよ」

ですね。
今までも、そうでした。
きっと、これからも。

またお逢いしましょう。
同じ星にいる限り。

最高に楽しい6年間。
ありがとうございました。

f:id:okinawaseikatsu:20160403123313j:image

牛歩戦術のこと。

本屋。
あの空間が好きだ。

店頭で手に取り、ページをめくって品定め。
気がつけば、数時間、滞在しているなんてことも。

街の本屋のみならず、
大型書店も、圧倒的に少ない沖縄県
都道府県別書店数では、下から数えて、
全国で10番目以内にランクイン。

そのせいもあってか、書店に訪れた際は、
「せっかく来たから・・・」
と、ついつい、滞留時間が長くなり、
まとめ買いをしてしまう。


この時期、沖縄は、雨が続く。
沖縄=年間通して『青い海・青い空』は、
旅行会社やエアラインが作り上げた “幻想” の世界。
それは、主に夏だけのもの。

確かに、都内よりも気温は高いが、
半袖・短パンで終日過ごせるハワイ的な要素はない。
ビーチもクローズ、海水浴は不可。
北風の影響より、ダイビングボートの
出航率も、ガクンと落ちる季節。
見上げる空は、どこまでも “gray” 一色だ。

琉球ガラス、シーサー作り、
やちむん焼き、ミンサー織りなど伝統工芸体験。
おきなわワールドなど観光施設行脚。
ひめゆり平和記念資料館、
沖縄県立博物館・美術館など資料館巡り。
オリオンビール泡盛酒造所など工場見学。
このシーズン限定のホエールウォッチング。

冬の沖縄・雨の日の過ごし方は、数あれど、
ヨーロピアンのバカンス気分で、
沖縄県内の書店で、のんびり本を見繕う、
ホテルでゆっくり読書なんぞ、いかがたろうか。

那覇市内中心部にある、某大型書店。
2009年4月にオープンした、
日本最南端のこの書店には、
都内では出回っていない、
在沖縄の出版社が発行する良書が並ぶ。
衣食住から、観光情報・歴史・文化、
料理・政治・宗教まで、その数15,000冊以上。

ここまで、『沖縄関連本』を
取り揃えているところは、なかなかないのでは。

もちろん、売り場面積、
在庫数150万冊は、沖縄県内最大。

通常流通には乗らない
『沖縄本』が発見できるとあって、
沖縄好きの方なら、きっと、
ワクワクしていただける場所だと思う。

私の場合、ココで見つけ出した一冊を、
お土産として、引っ提げて行くことも多々。
結構、喜ばれている。

ついでに、参考情報をひとつ。

5,000円以上の購入で、
無料乗車券引換券が貰える。
車の場合は、駐車引換券。
提携駐車場が、5,000円までで、1時間無料。
5,000円以上で、2時間無料となる。

乗車できる駅は、
県庁前(けんちょうまえ)
美栄橋(みえばし)
牧志(まきし)
の3駅のみに限られているが、
駅の窓口で渡せば、
無料で乗車券と引き換えてくれる。
当日のみ有効。

過去にも書いたが、ゆいレールの改札に
切符を通す “吸い込み口” はない。
切符の先端に印字されている、
QRコードを読み取り口に、かざして通過する。
SuicaPASMO等のICカード相互利用も不可。

このQRコードが、尋常じゃなく、
読込みされない。ほんと笑ってしまうほど。
都内のように、急ぎ足で通過することは不可能。
改札に挟まれること間違いなし。
(それはそれで、ご堪能いただきたいが)。
必然的に、“牛歩戦術” をとる羽目になる。

「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」

ここは、沖縄。
探し当てた、お気に入りの数冊を片手に、
のほほんと、ゆいレールに揺られるのも悪くない。

f:id:okinawaseikatsu:20160117184411j:image

愛車のこと。

さようなら。

京都・東京・沖縄と
長い時間を共にしてきた愛車。

老朽化に伴い、
19歳から十数年間お世話になった、
スズキ・グラストラッカーと、
今日でお別れとなった。

物持ちは良い方で、
東京から沖縄へ連れてきた後も、
定期的にメンテナンスを入れながら、
跨り続けてきた。

バイクショップのスタッフの方からも、
「え?そんなに長い間、乗ってるんですか?」
と、驚かれるほど。

沖縄に来て6年。
自宅が、海に近いこともあり、
塩害による、“サビ化” が進行した。

(さすがに、これ以上は無理かな)

腹を括り、引き取りを依頼。
20代の若い担当者がやってきた。

査定の結果は、
『廃車代金が幾らか発生する』というもの。

(この状態だったら、仕方ないか)
ある程度、予想をしていた結果に納得しつつ、
引き渡し手続きに入った。


「どのくらい乗られてましたか?」

彼の何気ない一言から、このグラストラッカーで、
京都・東京・沖縄の3都市を走り続けてきたこと。
東京から持ってきて6年、
サビ化が進行しながらも、よく走ってくれたこと、
雨の日の沖縄の道路は、滑りやすく、
過去何度か転んでしまったことなど、
10代・20代・30代、
それぞれの時代の想い出エピソードを挟み、
あれやこれやと、話し込んでしまった。


この職について、5年目。
鹿児島県出身。
九州から沖縄へ転勤してきて2年だと言う。
那覇市に構える店舗に所属されているが、
南部だけではなく、沖縄県内、
中部・北部問わず、時には、
九州地方まで毎日駆け回っているそう。
明日も朝一から、北部・名護市まで遠征らしい。


「もう少しお時間いただいても、大丈夫ですか?」

すでに評価は終了、
本社への報告も終わっている中、再度、
グラストラッカーの細部を確認し始める彼。

そこから30分ほど掛けて、
全身サビまみれになりながら、
丁寧に、“再” 査定してくれた。
どこか少しでも再利用できる部分はないかと。

「想い出と共に、大切にお預かりします」

本社とも、掛け合っていただき、
結果、無償での引き取りに。
おそらく、使える部品は、ほぼなかったと思う。


各種契約書の確認、押印を終え、
あとは、トラックにバイクを積み込んで終わり。

帰り際に、ダメ押しの一言。

「もし、良かったらですが・・・」
「最後に(バイクと)一緒に写真撮られませんか?」

依頼電話の応対時から、
明るく、丁寧、そして、気遣いに溢れていた。
プロってこういうことだな。

雑な仕事はしちゃダメ。日々の自分に反省。

良い1日だった。
Yさん、ありがとうございました。

f:id:okinawaseikatsu:20160117153507j:image

熱量のこと。

「最近、更新サボってるだろ?」

年明けと共に、再び、来客ラッシュ。

口うるさい、某編集者もやってきた。
夏以来だ。
更にパワーアップしている。

「書いて吐き出してみれば?」
という一言で、
私に、綴ることを再スタートさせた、張本人。

今回は、取材ではなく、所謂、ロケハンらしい。

というか、
実は、私が怠けていないかの調査、
もしくは、私に説教をしにきたのではないか
と、勘ぐっている。


こっそり、沖縄に住んでいるのではないか?
どこで聞いたの、それ?
どうやって調べたの、それ?
というほど、
自身が担当する分野の “情報” をよく知っている。

思い返してみれば、この方から、
一度たりとも、軽々しく、
「◯◯を紹介して」
「オススメ教えて」
なんて、言われた記憶がない。

実際に自分の足で行ってみる、
自分の目で見てみる、
自分の舌で味わってみる、
自分の声を発して話してみる、
自分の身体で体感してみる、
を、徹底している人。
今回も、リュックひとつで、編集長自らやってきた。


「有益な情報は、タダではない。買う時代」
が、口癖。

それを体現するように、
彼が手掛ける出版物は、
割と強気の価格設定で書店に並ぶ。

「売れなくてクビになりそう」
素面なのか、酔いが回っているのか、
その判別がつかない程度の塩梅で、そう、言う。

取材対象は、
①好きか嫌いか
②コンセプト(カラー・トーン)に合うかどうか
で、決定するらしい。

ロケハン時は、一般の客として行き、
自分自身で体感し、
その取材(候補)対象が、好きか嫌いか、
言い換えると、
「この存在を知ってほしい」
と、自分が思えるかどうか、
熱を持って書けるかどうかで、判断する。

そして、
「ここ、好きだ」「読者に届けたい」
と、思えたとしても、
あくまでも客として、彼らと話をしてみて、
そこで働く人たちの想いや拘りが、
媒体の思い描いているコンセプトと異なると感じれば、
取材のオファーは一切しないそう。

「外観や雰囲気、メニューだけで見えるのは一部」
「そこにいる人たちがそれらを作っているから」
「大事なのは、彼ら自身」
「直接、話してみなきゃ、俺はわかんない」
器用なのか不器用なのか、
そう、笑って、話す。

もちろん、飛び込みではなく、
ある程度の熱を持った上で、足を運んでいる場所。
数だけ集めるようとするなら、
掲載しても何の問題もないはず。

しかし、それをやってしまうと、
「読者を裏切ることになる」と。

結果として、
「集客に寄与するどころか、イメージを落とす」
「それは、媒体側も、取材対象であるお店側も」
「自分が好きな相手に、そんなこと出来ないだろ?」


彼が世に放つ媒体には、

絶対に外さない店
失敗しないお店選び
オススメ
お得

なんて、浮き足だった言葉は、決して、踊らない。

常に、その奥に、“ヒト” を捉えている。

メディアが、“ヒト” を “ヒトを繋ぐ
って、こういうことだろうな、と。
どんなジャンルだろうと。


「有益な情報は、タダではない。買う時代」
数多くのメディアが乱立する中で、何を取捨選択し、
どこから情報をとっていくのかは、個人の自由。

ただ、発信する側の上っ面ではない、
本気の “熱量” を感じられる、そんな媒体が、
ここ沖縄でも、増えていけば良いな、と思う。

安売り営業しか出来ない、
糞みたいな “ブツ” はもう不要だ。

f:id:okinawaseikatsu:20160116020124j:image

なるくるないさーのこと。

現在25℃。
年始とは思えない蒸し暑さにウンザリしながら、
沖縄に戻るや否や、新年挨拶回りに追われている。

沖縄に来て6回目の年始を迎えているが、
この時期、特に感じるのは、
驚くほど、“アポ無し” 訪問が多いということ。

会議中であろうが、来客対応中であろうが、
『突撃!隣の晩ごはん』もビックリの頻度で、
「○○さん、いらっしゃってますけど・・・」
との呼び出しを受ける。

わざわざ、お越しいただくのは、
非常にありがたいのだが、こちらとしても、
対応がおざなりになってしまうので、
「事前にアポとってくれ・・・」とつくづく思う。

そして、もう一つ困るのが、
アポをいただいたのは良いが、
予定の何十分も前に来られるケース。

車社会沖縄。
道路事情が読めないこともあり、
余裕を持って出発したところ、
予定外に早めに着いてしまった
なんてことは当然のように発生する。
が、しかし、
「早く着いちゃったんで ♪」
と、どんなにハニカミ笑顔で言われても、
「あぁ、そうですか・・・」
としか返しようがない。

なぜ「5分前までどこかで待機をしておく」
という選択肢を持てないのか、
毎度、疑問に感じざるを得ない。

これらに、共通して言えるのは、
この時間に行ったら・・・
この時期にお邪魔したら・・・
バタバタされているだろうから・・・
ご迷惑かもしれない・・・
など、
『相手側の立場や状況を想像する力の欠如』
ではないかと。


昨晩、新年会社祈祷を終え、
お世話になっている数名の方々と、
とあるお店にお邪魔した。

特に予約などを入れていなかったこともあり、
伺う前に事前に一報を入れ、
快く迎えていただいた。

普段、満席になることも多く、
仕事始めの企業が大半を占めていた日に、
当日でよく入れたなーと思っていたところ、
オーナーの方から出たセリフは、
「急遽、10名様のキャンセルが出てしまい・・・」

聞いてみると、沖縄県内某有名企業御一行様。

やれやれ、ここにもいましたか、
想像力が欠如している人たち。

御里が知れる、いうか、
その会社のレベルが窺い知れる。
きっと仕事でもそうなんでしょう。

この手の話、沖縄で6年も生活をしていると、
ちょこちょこ聞くもの。
私自身、幹事をして、何度か痛い目にもあった。

時間変更、人数変更の連絡をしないどころか、
平気で当日キャンセル、
酷いものになると、連絡も無しで欠席、
いわゆる、ドタキャンということが起こる。

私の場合、信頼するお店に、
予算設定を伝えた上で、料理などは、
すべてオススメのお任せでお願いする
パターンが多いので、
アンタのドタキャン分の食材費、
こっちが全部払ってんですよ、という事態に。

沖縄移住当初は、
「まさかそんなことある?」と、
度肝を抜かれていたが、さすがに慣れてきて、
今では、1週間前・3日前・前日・当日と、
1回の飲み会で、最低4回は、
参加者の出欠確認を行うのが癖になった。

どこまで伝わっているかは不明だが、
変更があった際には、最低限のマナーとして、
なるべく早く “必ず” 連絡をしろ、と、
徹底的に社員にも叩き込んできた。

行けたら行く or 遅れていく=欠席
と判断し、人数にはカウントしない。
それでも、事前予約の人数達成率100%!
とは、なかなかならないのである。

もちろん、予期せぬ事故や不幸など、
やむを得ない事態は誰しもに起こり得ること。
しかしながら、スタート時間ギリギリ、
または過ぎてから、
「体調不良です」なんて連絡が来た際には、
いやいや、アンタ社会人でしょ、
約束したならその日に向けて、
万全に体調を整えておきましょうよ、
と、怒りを覚えてしまう。

さらに、後日、“後出し” ジャンケンで、
「39度熱が出て、寝込んでました。テヘペロ」
なんて言われた日にゃ、最悪である。
知らんがな、
それでも、事前に連絡くらいせぇーよ、と。


ケンミンショー等で、
「沖縄の飲み会は、集合時間に出発する」
「時間にルーズ」
「人数も曖昧。誰が来るかは当日のお楽しみ」
なんて、
沖縄あるあるのお笑いネタにされているが、
全くもって、笑い事じゃない、と思う。
(もちろん、これが沖縄県民全員ではない)。

“お待たせする”、ということで、参加者の
貴重な時間を奪ってしまっているという罪と
予定通りにいけば、2回転出来た座席を占拠し、
お店側にもロスをさせてしまっている大罪を
背負っているのである。

そして、さらに御立腹になるのが、
自分たちのことを言われているのに、
「わかるw」
「確かにあるよねw」
「俺、これだわw」
「安定の1時間遅れてスタートすw」
と、いうリアクションをとる方々。
罪の意識がない人間に限って、そう。

ほんと、馬鹿じゃないのかと。
良いイメージならまだしも、
笑われてるんですよ、アナタ方。
大人として恥ずかしいことだと思っていただきたい。

声を大にして言いたい。
なんくるならない、ですよと。

f:id:okinawaseikatsu:20160105192630j:image

見分け方のこと。

バンコクステイ終了。
乾季のタイは、過ごしやすくて、素晴らしい。
予定していたタスクも完了し、
充実した滞在となった。

これから香港へ向かうため、
再び、スワンナプーム空港着。

さすが、観光立国タイランド
空港も24時間営業。
この時間でも、アジアだけでなく、
世界各国からのビジターで溢れかえっている。

どの国に行っても、だいたい顔の “雰囲気” で、
「あっ、たぶん、日本人」
と、判別できるが、当然、
分かりにくい “顔立ち” の方も存在する。
特に『人種のるつぼ』的な国に行けば行くほど、
その見分け方は、段々困難に。

かくいう私も、アジア諸国だと、
現地の方に間違われ(阿呆面だから?)
声を掛けられることがある。

時には、ソウルの地下鉄で、
韓国人のおばちゃんに乗り方を尋ねられたり、
時には、台北で、観光の欧米人に、
小籠包屋の店員と勘違いされたり、
時には、フィリピンで、
時には、インドネシアで、
時には、マレーシアで、
時には、バンコクで、
・・・と、
過去数え切れないほど。

今回の往路、香港国際空港でも、
飛行機のトランスファーで狼狽していた、
日本人青年に話し掛けられた。
しかも、同じ日本人から、
身振り手振り付きの拙い英語で。
「あっ、日本語で大丈夫です。」

ほぼ毎月、ダイビングのために
南国渡航していた東京時代は、
余りに色が黒過ぎて、帰国の際、
成田空港イミグレで、
「No! No! Foreigner!」
と、外国人パスポートGATEに
案内されたこともある。

私の同期で、グアムのダイビングボート上、
日本人観光客に、チャモロ人と間違えられ、
「How many dolphins can I see?」
と、その日、観られるイルカの頭数を聞かれ、
「あっ、日本人ですけど・・・」
「えっ?あっ、すみません!
   こちらに住まれてどのくらいですか?」
「あっ、僕も観光なんですけど・・・
   ご期待に添えずで・・・昨日来ました」
と、不毛なカンバセーションを
繰り広げた輩もいるので、世の中、
ほんと、何が起こるかわからないものである。


個人的に、
「あっ、たぶん、日本人」
と、見極めるポイントがいくつかある。

例えば、空港で、
「あれ?もしかして、お引っ越しですか?」
というほど、
無駄にデカいスーツケースを引きずっている。
単独では行動出来ず、
固まって、集団チェックイン。
そのため、チェックインカウンターでの
所要時間が、異常に長い。
ジェスチャーだけで、グランドスタッフに
何かを訴えようとしているが、
上手く伝わらず、更に時間が掛かる。
などなど。

イミグレが、長蛇の列の際は、
並んでいる人たちを眺めながら、一人づつ、
あの人は、中国人
あの人は、韓国人
あの人は、タイ人
あの人は、アメリカ人
あの人は、フランス人
と、勝手に予想していき、
彼らが手に持っているパスポートを見て、
答え合わせをする遊びを密かに楽しんでいる。

ちなみに、パスポートに
『謎の透明ビニールカバー』をしているのも、
ほぼほぼ日本人である。
(イミグレで余計な時間掛かるから付けないで)。


私が “典型的な日本人だな” と思う格好がある。
それは、嫌悪感という意味で。

上下『白』のハーフパンツとTシャツ(キレイ目の)
Tシャツの首から、サングラス
長袖のYシャツを肩からプロデューサー巻き
焦茶色の革サンダル
下品な腕時計

そして、
ブランドもの小さなショルダーバッグ。
決まって、GUCC○ か LOUIS VUITTO○
を引っ提げている。

「あっ、たぶん、日本人」

ダイビングを中心に、
アジア諸国からミクロネシアなどに飛んだ際、
この手の方を目撃すると、
「TPOに合わせて格好と持ち物選べや」
と、ついつい思ってしまう。

ブランド品が良いとか悪いとか、
そういうことではなく、
「それ、ここで必要?」
「何しに来たの?」と。

だいたい、この手の方は集団で、
たむろっていらっしゃる。
そして、GUCC○ や LOUIS VUITTO○
のバッグを振り回しながら、
「ボラれた!ボラれた!」
と、デカい声、しかも日本語で、
叫んでいらっしゃる。
日本人が馬鹿だと思われるから、
ほんとやめていただきたい。
(いや、馬鹿だからボラれたんでしょう、きっと)

その土地に合った、“ドレスコード” を意識する。
それも大切だなと、
イミグレで並ぶ各国の人々を眺めつつ、
ひとり、そう思うのであった。

ここ、灼熱のThailandにて。

f:id:okinawaseikatsu:20160103074729j:image

カオスのこと。

無事に年が明けた。

タイで年越しは、シミラン諸島のボート上で
新年を迎えた、2009年以来。

お節・お年玉・鏡餅・門松的な、
“お正月感” は、全くないが、すれ違う人、
ホテルや飲食店のスタッフの皆さんから、
「Happy new year!」
と、笑顔で声が飛んでくるのが、心地良い。

ここのところ、台北、極寒のソウルでの
年始が続いていたので、半袖短パンで、
この時期を過ごせるのは嬉しい限りである。


「カウントダウンでもしますか」

大晦日は、前入りしていたメンバー、
バンコク駐在の同期等と合流。

THAILAND COUNTDOWN 2016 at Wat Arun』
BANGKOK COUNTDOWN 2016 at Central World』

大型カウントダウンイベントが数多くある中、
チャオプラヤー川を臨んだ某所をチョイス。
シンハービール片手に、のんびりと、
ニューイヤー花火を拝んだ。

みな、歳をとったもので、
“人混みは 避けて通ろう 四十路前”
が、合言葉。

必然的に、激混みとなる、
ワットアルン・セントラルワールド、
という選択肢は、真っ先に消え、
2016年は、静かな幕開けとなった。


今回の訪タイ。
幾つか目的がある中で、
懐かしの面子たちとも再会することが出来た。

最近、マンUスタジアム近くに
引っ越したらしい、イギリス人。
タイ語を勉強中のフランス人。
そして、偏食が激しいイタリア人。

いやはや、こぞって、癖が強い。

家庭の “食育” ?のお陰か、
(当時は、この言葉あまり聞かなかった気が)
私は、ほとんど好き嫌いが無い。

箸の持ち方・使い方から、旬の意味、
食べる順番、様々な食体験、粗末にしない、
懐石での嗜みなど、厳しく躾けられた。
「魚の食べ方を見れば育ちがわかる」
が口癖の家庭。

胃腸も割と丈夫なようで、
屋台で食おうが、出店で買い食いしようが、
30うん年間、海外で当たったことは皆無。

「米と味噌汁がないと気が狂って死んでしまう!」
ほどでもないので、ありがたいことに、
どこに行っても、食事で困ることがほぼない。

郷に入れば郷に従え。
たまに和食が恋しくなる時もあるが、
国内外、外に出た際は、折角なので、
極力、現地のものを口にするようにしている。


「Ciao!肉は、チキンオンリーなのさ」
という輩もおり、今回は、毎日のように、
カオマンガイを食っている。

そろそろフランス人がキレ出しそうなので、
元旦の夜は、チャオプラヤー川沿いに建つ、
地上247m、世界一高い場所にある
オープンエアーレストラン&バー
『SIROCCO』にやってきた。

『SIROCCO』とは、イタリア語で、
初夏に地中海の上を吹き抜ける季節風のこと。
その名の通り、乾季の風が気持ち良く、快適。

・・・この席を除いては。

景色そっちのけで、ひたすら、
サッカー話をしている者。
マンU「放り込み戦術」の話は、あとにして!)

調子に乗って、タイ語で注文にトライするも、
全く違う、ひと皿が届いて、みなに責められる者。
(ここ、高けぇーんだから!)

食えるものが少ないと嘆く者。
(あんたの母国料理にしたのに!)

そして、
「気持ちも新たに。穏やかに」
と、数時間前に誓ったのに、
貴様ら自由過ぎる!と怒り狂い、反省する者。
(年は明けても、人間そうそう簡単に変わらない)

新年早々、まさに、カオスである。

f:id:okinawaseikatsu:20160102054945j:image

トラブラーのこと。

大晦日。
早いもので、2015年も、もう終わり。

歳を重ねると、月日が経つのを早く感じる
とは、本当のことで、
「そりゃ、足腰も弱くなるわ」と痛感。

教師でも坊さんでも師匠でもないのだが、
12月はまさに “師走” の1ヶ月。
台北・東京・福岡・石垣島から宮古島と、
必殺の当日帰りもあり、疲れを取りに行ってるのか、
ために行ってるのかよくわからない感じで過ぎ去った。
会社納会、各所での忘年会を28日に終え、
翌日から3ヶ月ぶりに香港、
そして、バンコクに入っている。

言い訳をつらつらと並べてみたのだが、
ということで、12月はほぼ、更新が出来ず。
有言実行になっていない自分に呆れながら、
持参したPCを漸く、開き始めた。

ネタだけは、年内に整理しておこうかと。

日々、思ったことや感じたこと、
自分の中で、何か引っかかったことを、
普段からマメに記録に残すようにしている。
あとで調べようと思ったこと、
目を通そうと思ったものも含めて。

記憶力は悪い方ではないのだが、
我ながらオッサンになったもので、
「あれ、何だったっけ?」
という残念なシーンが増加。

「思い出せなくなるのが悔しい」
「悶々として気持ち悪い」よりも、
それを思い出すために費やす時間が勿体無いので、
ログを残すことが習慣化した。


ありがたいことに、毎日色んな出来事が巻き起こる。
私が、よほど、阿呆面で歩いているのか、
どこに行こうが、話し掛けられること
=ネタが降ってくることが多く、
定期的なログの整理が必要。
これらを放っておくと、1週間で結構な量になる。

バンコクに移動した29日だけでも、
手荷物検査場通過後、
パスポートを置き忘れたフランス人2人組、
香港国際空港からトランスファーに失敗し、
飛行機に乗り遅れた日本人青年、
バンコクARL(エアポートレイルリンク)の
ドアに挟まり、家族と離散した中国人御一家
など、“トラベラー” ならぬ、
各国の“トラブラー” の方々に遭遇。

ところ変われど、今も変わらず。
新宿駅南口を通るたびに、
「お時間ありますか?3分間拝ませてください」
と、かなりの頻度で声を掛けられていた私としては、
誰に何を話し掛けられようが、もはや、朝飯前。
僭越ながら、今回も、そんな “トラブラー”
の皆さんの貴重な人生の1ページに、
飛び入り参加させていただいた。
ほんと、日々、ネタだらけである。
(皆さん、その後は、ご無事でした)。


振り返ってみると、ここ10数年間で、
日本で年越ししたのは、沖縄移住した2010年だけ。
年越し蕎麦は、日本蕎麦でなく、沖縄そばが主流。
気温のせいもあってか、沖縄の正月は、いわゆる、
『内地(本土)』の正月とは、“味わい” が異なる。
そういう意味では、とんと、
『お正月を写そう♪ フジカラーで写そう♪』(古っ)
的な、“お正月感” からは縁遠くなってしまった。

2016年は、明日、ここ、バンコクで迎える。
はてさて、来年はどんな1年になるのやら。

皆さま、良いお年を。
今年も1年、ありがとうございました。

f:id:okinawaseikatsu:20151231062731j:image

転校のこと。

今年の冬は暑い。
那覇は、21日から3日連続、25°C以上の夏日。
12月下旬としては1991年以来、24年ぶりらしい。

2015年もあと僅か。
気温のせいか例年よりも、年末感が薄い中、
この季節になると、様々な方面の方から、
退職の挨拶・報告をいただく場面が増える。

区切りよく、新年から新しいスタートを切りたい!
という時期なのであろう、
感覚的には、4月・10月に続いての多さ。

前向きなネクストステップに進まれることは、
素晴らしいなと思いつつも、
某アイドルグループの影響なのか、
その乱用具合に、いつも違和感を覚える言葉がある。

“卒業” である。


ウィキペディア教授によると、
------------
卒業は、学校の規定の全課程を修了すること。
------------

社会に出た以上、3年で卒業、4年で卒業、
なんて明確なルールがある訳でもなく、
誰かがそれを決めてくれるはずもないので、
当然、人生の区切りは、
自分自身で決めていかなければならない。

もちろん、個人の捉え方次第ではあるが、
極論を言えば、私は、
全課程が修了する=自分が死ぬ時だと思っている。

人間国宝とまで言われてる職人さんでさえ、
「未だ納得のいく作品は作れていません」
と、おっしゃるほど、
死ぬまで、常に学び・学び・学びの繰り返し。
社会人として『全課程の修了』への道のりは、
それほど果てしないものなのではないかと。


そんな中、義務教育さえ終えていない輩から、

「この度、◯年間お世話になった◯◯を
   “卒業” させていただくことになりました」

と、送りつけられてくると、

いやいや、アナタ、全課程修了してましたっけ?
そもそも、義務教育さえ、終えてないんじゃ?
“卒業” どころか、赤点ですよ。

と、即レスしたい気持ちになる。

追試さえパスできない輩に限って、
「残った有給、全部買い取りしてほしい」
なんて、大黒屋もビックリの爆弾を投下してくる。
「思わず、自分の耳を疑ったよ」
という、経営者の方の話もよく伺う。


長ければ良いとか、短かければ悪いとか、
一生同じ場所で勤め上げるべきとか、
そういうことではなく、
“卒業” という言葉を使って良い人間は、
みなと苦楽を共にしながら、
時に馬車馬になって、そのミッションを果たし、
しっかりと、卒論(自分の功績)を提出。
卒業後、明確な研究テーマを持って
上級学校へ進学し、そこでも同じように
学び続けられる方だけなのではないかと。

そんな風に、“卒業” されていく方は、
最後まで、その場所で自分が何を残せるか、
残された期間で何ができるか?
を、考えられていて、責任を持ってやり遂げられる。

その存在は、稀有であり、ところ変われど、
またいつか仕事でご一緒したい、
と、心から願う方ばかり。

私を含め、何も成し遂げていない、
例えるなら、義務教育期間の学生の身分で、
“卒業” なんて、軽々しく使ってはいけない。
おこがましい。
ほんとに、“卒業” される方に失礼。
その二文字が目に入ってくるたびに、
そう、強く感じるのである。


学生諸君、勘違いするでない。
“卒業” と “逃亡” とは違うのです。

“退学”(落第で)
“転校”(落第で)

と、書きなさい。
アナタ、単に『逃げた』だけですよ。

f:id:okinawaseikatsu:20151224201828j:image

バルスのこと。

那覇着。

明日開催の『那覇マラソン』の影響で、
「早い便は混んでいるだろう」との予想の元、
最終便にしたものの、こちらもフルフライト。

小粋な機長から、
那覇マラソンに出場される方、ご健闘を」
的な機内アナウンスも流れる中、
確実に気のせいなのだが、
老若男女・乗客すべてが、ジョガーに見えてしまい、

(あの人は、完走できる)
(あの人は、ハーフまで行けない)
(あの人は、着ぐるみ系で目立ちたいだけ)
(あの人は、美ジョガーだと自負してそう)
(あの人は、ゴールしたらプロポーズを目論んでる)

あれやこれやと勝手に予想。
いつの間にか、寝落ちしてしまった。

CAさんに叩き起こされ、起床。
東京&大阪からインした
那覇マラソンホテル難民”
の悪友たちと合流し、自宅に受け入れ。
今晩は、大人しく、床に就こうかと思いつつ、
機内熟睡の結果、今になって、
らんらんと目が冴えてきた。


『太陽と海とジョガーの祭典 NAHAマラソン』

ジョガーでも、ランナーでもないが、
実は、私も過去に一度だけ出場したことがある。

東京から沖縄へ渡った、6年前。
若手後輩たちからの、
「みんなで出ましょうよ!」のノリに、
まんまと乗せられ、人生初のフルマラソン

当時は、抽選ではなく、
期間内にエントリーすれば、
先着順で、ほぼ漏れなく走ることができた。

「まだ若いから問題ない」
と、大会前、たった一度だけの練習。
15キロを走っただけで、いざ本番へ。

格好だけは、まるで、ベテランランナー。
マラソン日和。意気揚々と会場入り。

那覇マラソン名物!?
沿道からの各種差し入れを味わいつつ、
YMCAコーナーを駆け抜け、
中間地点の平和祈念公園まで快走。


(おっ、このままフルマラソン完走か)


人生そんなに甘くない。

ハーフでひと休み。
座り込んだら、もう立ち上がれず。
「これ、どなたの足ですか?」
というほど、パンパン、感覚なし。
足が棒になる、とはこのこと状態に。

(さて、これから、どうするかな)

思い悩んでいたところ、

「棄権するなら、平和でバスす」
「止めるなら、平和でバスす」
「ヤバイと思ったら、平和でバスす」
「身の危険を感じたら、平和でバスす」
「ゴールまで乗せてくれるのは、平和のバスす」

後輩たちから、授かった呪文
バルス” ならぬ、平和の “バスす” を思い出し、
バス乗り場を捜索。

バルス” の語源はトルコ語の “バルシュ”
(ではないかと言われている)。
トルコ語 “バルシュ” の意味は『平和』。
那覇マラソンの中間地点は『平和』祈念公園。

(完全一致!?宮崎先生、ありがとう!)

無事、『平和』祈念公園発の
リタイヤバスを発見し、その先頭に整列。
誰よりも早く、ゴール地点の
奥武山陸上競技場に戻ることが出来た。


(やっぱ、ノリで出ちゃダメ)

それから暫くは、横にしか歩くことが出来ず、
カニのような生活を送る羽目に。

甲殻類を卒業し、ヒトとして、
前後歩行が行えるようになったのは、
那覇マラソンを終えた1週間後であった。


明日は、奇しくも、雨予報。
気温は、26度まで上がる見込み。
フルマラソンのコンディションとしては、
最低な部類に入るであろう。

ジョガーの皆さん、最後の呪文は、
『平和』(中間地点)で、“バスす” 。

無理は禁物。お忘れなく。

f:id:okinawaseikatsu:20151206021914j:image